NO WASTE

論理的に、そして感情的に。

【ライブ感想】再出発

キーボード兼バンマスである多田さんの指先から音の雫がこぼれ、『シンキロウノチカガミ』は静かな開演を迎えました。
白いスポットライトが楠木さんと多田さんの2人を照らし、会場の空気がすっと沈み、そして、マイクを通じてほんのわずかにざらついた声が響いた瞬間、ああもう以前の楠木さんとは別人なんだなと感じたのを覚えています。

 

2019年7月28日、横浜ランドマークホールにて行われた楠木ともり2ndソロライブ『シンキロウノチカガミ』昼公演および夜講演に参加してきました。

そこで感じたこと/思ったことを素直に書き記したいと思います。

 

 

【構成】
1.印象に残った曲たち
2.成長を感じた部分
3.小ネタ
4.最近の自分について

 


1.印象に残った曲たち

すべての曲が素晴らしかったと、本心から思います。
知らない曲も多かったけれど、どれも楠木さんのカラーと想いが歌声に乗っていて、しっかり耳を傾けたいと自然と思わせてくれました。
それらの中でも特に印象に残った曲たちについて、書いてみます。


◎眺めの空/楠木ともり
言わずと知れた、楠木さんのオリジナル楽曲。
彼女のオリジナルCD〔bottled-up〕に収録されているものは何度も何度も聴いていて、どこかノスタルジックな田舎の夏を想起させる曲としてインプットしていました。乾いた木の感触でざらつく縁側に座って、肌にへばりつくような熱気と、遠くから聞こえる蝉の鳴き声と、氷が溶けて立てる、からんという音を聞いているときのような、何もなくて広い夏のイメージ。僕の中ではそんな曲でした。
CDに収録されているのはアコースティック・バージョンでしたが、今回のライブでは生バンドさんの素晴らしい演奏に支えられたロック・アレンジでした。音楽はこんなにも表情を変えるのか、と改めて驚かされました。夏らしい爽やかな青いライトの演出も相まって、ノスタルジーの中からちょっとだけ質量を持って飛び出した、よりリアルな夏を感じさせてくれたように思います。目の前で聞いたからリアルに感じるのは当たり前かもしれません。でも裏を返せばライブだからこそ感じられた感触だと思います。生で音楽を聴くっていうのはこういう良さがあるよな、と思い出させてくれた一曲でした。
驚いたといえば、この曲の作成の背景。MCで楠木さんが「自分は東京生まれ東京育ちだから田舎の夏に憧れて作った(大意)」ということをおっしゃっていて、そのことは知っていたはずなのに、ああイメージだけでここまで田舎の質感を再現できるのか、と深く感心した覚えがあります。音楽に限らずですが、体験してないことも表現できるって、クリエイティビティの成せる魔法ですよね。こういうところが人間の可能性だなと思います。楠木さん自身の才能や努力にも改めて脱帽です。

 

◎クローバー/楠木ともり
こちらも〔bottled-up〕に収録されている楽曲。初めて聞いたとき、いや、初めて存在を知った時から、僕の中では楠木さんの代表曲です。そこに関する詳しい経緯は以前のブログに書いたので割愛するとして、今回のジャズ・アレンジも非常に素敵でした。
こちらもライトによる演出が印象的でした。特に落ちサビでステージが怒りの色に染まった光景は目に焼き付いています。
MCでご本人もお話ししていましたが、この曲は決して明るい曲ではありません。曲が生まれた背景もちょっとつらいです。ただ、過去に感じた嫌な想いを楽曲として昇華することで前向きな意味を持たせようとする彼女のクリエイターとしての姿勢が、僕はとても好きだし、尊敬しています。
マイナスを曲に乗せて歌い、プラスに変換すること。それを彼女は「武器にする」と語っていました。もう少し温度の低い言い方をするなら、たくさんの聞き手の前で曲を披露することで、マイナスは「価値」になるんですよね。経験価値と言ってもいいかもしれません。負のエネルギーから生まれたものも、表現することで、誰か(今回の場合、ライブ会場にいた人たち)にとっての体験になる。全員にとってそうだったかはわからないけど、その体験がプラスの感情を引き起こしたのなら、その表現は独りよがりのものではなくなったと言っていいでしょう。それは誰かにとっての武器になるかもしれないし、防具にもなるかもしれません。
嫌なことがあっても、それを表現して、誰かの胸に届けることで、世界はちょっとだけ前向きになる。そういう信念を感じるので、僕はこの曲が大好きです。

 

◎カブトムシ/aiko(カバー)
言わずと知れた名曲。僕はaikoさんをちゃんと聴いたことがないんですが(ごめんなさい)それでも知っているくらいにメジャーな楽曲をチョイスしたのはちょっと意外でした。というのも、前回のライブでは「みんなが知らない曲をやる」と公言していたような一面が彼女にはあるからです。
ただ今回はファンからのリクエストを募り、その中からも披露する楽曲を選ぶという取り組みをされていたので、その点、前回よりも双方向性のあるライブだったように感じます。後述もしますが、このあたりに楠木さんの成長を勝手に感じていました。
楽曲そのものの話で言うと、aikoさんの丸みのある歌声とは異なり、若さの尖りが声に出ていたように感じました。似せるだけではカバーの意味がない(ただのカラオケになってしまう)と思うので、カバーの意義を果たす、素晴らしい仕上がりだったと思います。
また、そういった側面を感じながら、「楽曲の継承」というフレーズが脳内に降りてきました。世代が変わっても歌い継がれていくという点は、音楽という表現の強さと柔軟性だなあなどとぼんやり考えながら、楽しそうに歌い上げる姿を眺めていました。

 

◎ロマンロン/楠木ともり
最高かよ。
もうその一言に尽きますね。胸ぐら掴まれた次の瞬間に突き飛ばされるような、周りのペースを1mmも考えていないわんぱくソング。作曲についてはなんの知見もない僕ですが、作ってて楽しかっただろうな、ということだけはわかりました。
ごちゃごちゃしたことを考える暇もなく、ただひたすらに楽しめた一曲です。これからのライブの定番ぶち上がり枠になっていく気がします。タオル回し過ぎて腕がとれそうでした。

 

◎アカトキ/楠木ともり
新譜『■STROKE■』に収録されている楽曲。今回は予習なしでライブに臨んだんですが、勝手にアップテンポな曲をイメージしていたので良い意味で裏切られました。何度も繰り返される「アップデートしていこうよ」というフレーズが刺さりました。これについては長くなるので後述します。

 

 

2.成長を感じた部分
いち観客としては非常におこがましいですが、前回のライブと比べて成長したなあと感じた部分がありました。前回のライブは(あえてそういうコンセプトにしていたのは理解していますが)一方的な表現だと感じていました。「これが私だ!」と声高に叫ぶような構成で、それはそれで初ライブのコンセプトとしては適していたと思います。いわば自己紹介的な位置づけのライブでしたから。
対して今回は双方向性がとても意識されていたように思います。それはたとえば楽曲リクエストを事前に募った点や、ライブ中の視線が前回よりも客席に向けられている点などから感じられました。積極的に手拍子や掛け合いを望んでいた様子からも、みんなと一緒に作っていくという意思が強く感じられて、ああもうこんなに視野が広がったんだなあと感慨深くなりました。
歌う姿も堂々としていて、手探り感は一切感じませんでした。前回のライブからまだ1年も経っていないのが信じられません。僕は彼女の活動をすべて追っているわけではありませんが、僕の想像以上にたくさんの経験を積み、その中でたくさんのものを吸収してきたことが伝わってきました。
グロッケンやトランペットなど色んな楽器にも挑戦していましたし、もう伸びしろしか感じませんね。これからの活躍がさらに楽しみになりました。

 

 

3.小ネタ
ちょっと息抜き。
小さいけれど思い出に残ったシーンなどについて。

 

◎ライブTシャツ
今回のライブTシャツ、デザイン的にすごく好きなやつで嬉しかったです。僕は黒を買いました。私服OKの職場なので日常的に着ていくつもりです。
アンコールの際には楠木さんも着ていましたね。白のとき(昼公演)には袖の部分に赤いリボンを、黒のとき(夜講演)には胴回りに黒いレースのようなものをあしらっていたように見えました。

 

EPSONと三角コーン
昼公演のアンコール時に起きた事件。ご本人が口止めしていたので、詳しいことは内緒です。

 

◎ギターの名前
実はけっこう真剣に考えて応募していたんですが、残念ながら採用されませんでした。ただ、ルカくんは素直に良い名前だと思ったので完敗です。

 

◎押忍!
ついにオフィシャルになりましたね。前回のライブでも印象に残っていた仕草だったので、なんとなく嬉しかったです。
バンドメンバーの皆さんも楽しそうに演奏していて素晴らしかったです。ただ、前回のライブで演奏されていたanzuさん(@anzunooto)がいなかったのはちょっと寂しかったです。彼女のハモリがすごく綺麗だった記憶があるので、またいつか同じステージに立っていただきたいです。

 


4.最近の自分について
さて、ここからは完全に自分語りです。

 

終盤のMCで、今回のセットリストの意味がご本人の口から語られました。曰く「夢に向かって頑張る人に向けてのセトリ」だったそうで、僕は衝撃を受けました。というのも、最近の自分は夢に向かってあまり頑張れていなかったからです。

 

「自分の小説を全国の図書館・図書室に置いてもらう」
それが僕の夢です。
叶えるためには当然、小説を書く必要があります。
わかっているのに、最近は読書こそ継続しているものの、書く方がほとんど進んでいませんでした。文書ファイルを開いても、キーボードが指を受け付けてくれなくなったかのようで、一文字も書けず、歯を食いしばる心地で指を動かしても、数行進めば良い方でした。

 

才能ないな、と思いました。プロの小説家としてやっていけるのは、とにかく書かなければ落ち着かないくらいの人だけだと、ある作家が言っていました。どう考えても自分にその素質はありません。毎日書きたくてしょうがないなんて、たぶん思ったことないです。書きたいものは常に胸の中に渦巻いてはいるけれど、アウトプットの欲求がついてきません。昔からなんでも抱え込みがちな性格なんですが、それがこんなところにも災いしているのかもしれません。

ともかく、毎日書きたい!という衝動を持ってない自分にはもう無理かもしれないと、そう思っていました。

 

自分の実力がないことを認めたくなくて、逃げていたんだと思います。サボる言い訳だけはすぐに用意していました。仕事で疲れてるとか、パソコンの調子が良くないとか。考えれば解消する方法はいくらでもあるのに、それすらしませんでした。
虚無感。人生が余った。そういう感覚がありました。自分には無理かもと思って、才能ないって思って、毎日頑張れない自分が情けなくて、そんな自分と向き合いたくなくて、ただ怠惰に時間を過ごしました。

 

そんな折、ステージの上で楠木さんがこんな話をしてくれました。

 

今回のセトリは、夢に向かって頑張る人を応援したくて組んだ。
夢を追っていると、自分の嫌なところに向き合わなくちゃいけない。
他人に邪魔されるかもしれない。
挫折はいつもすぐ近くに落ちている。
でも、やり続けた人しか夢は叶えられない。
みんなには挫折を拾い上げてほしくない。
だから、今日のライブを聴いて、みんなの気持ちが前向きになったら嬉しい。

 

それを聞き、魂を正された心地でした。

 

こんな素晴らしいアーティストに出会えただけでも御の字なのに、応援までしてくれている。これでやらなきゃ嘘だ。情けない自分から変わろう。変われる。
素直にそう思えたんです。
挫折に伸ばしていた手を、引っ込める決心ができました。凝り固まっていた心の根っこのほうがほぐされるような感覚でした。

 

そして、そうなって初めて、自分が一人で苦しんでたことにすら気づいてなかったなあ、なんてことも思いました。
雪の日の指先がだんだん痺れて寒さを感じなくなるように、苦しいという感覚すら麻痺しかけていたようです。

 

楠木さんのおかげで、冷え切っていた指先にも血が巡るようになりました。
いま、小説ではないけれど、こうして自分の気持ちを文章にできていることが何よりの証拠です。
涼むというコンセプトとは違うかたちの受け取り方かもしれませんが、感謝の気持ちでいっぱいです。

 

やっと夏を始められそうです。
地鏡(逃げ水)だろうがなんだろうが、立ち止まり続けるよりはマシだと思うので、それに向かってまた進んでみます。

 

なので、最後にライブの感想をまとめるなら、
「再出発のエネルギーをくれてありがとう」です。
次のライブは胸張って遊びに行けるよう、自分のアップデート頑張ります。