同人誌のマーケティング戦略
苦心(あるいは快楽)の果てに完成させた作品を多くの人に届けたいというのは、あらゆる創作者が持つ普遍的な欲だと思います。
そして消費者の視点からしても、この世にある良い作品を手に取りたいというのも、普遍的な欲と言えるでしょう。
しかし残念ながら、その橋渡しが上手くいかず、作品と消費者がすれ違ってしまうというのもまた、往々にして発生する事象です。その確率をゼロにすることは決してできません。
ですが、確率を下げる努力はできます。それ即ち、マーケティングの努力です。
私事ですが、私、綾部卓悦はマーケティングという学問を学んだ経験があります。そこで得たあれやこれを、『音ノ木坂学院の死』を頒布する機会にかこつけて実践してみたのです。
結果として、
・Twitterフォロワー数約60名の人間が
・初めて参加した即売会で
・2,000円の同人小説を
・30冊以上捌いて完売させた
という実績は出たので、まあ優しい目で見れば成功と言っても差し支えないでしょう。
今回はその経験で得た気付き等を皆さんにシェアしようと思い、記事を書いています。
なぜそんなことをするのかって?
私が面白い作品を入手する確率を上げたいからさ!
※最近は即売会におけるサークルと一般参加者の在り方が色々と議論されているようですが、私は界隈に入ったばかりの新参者ですのであまりその辺りの事情に関心はなく、今回の記事もその点には無配慮で書こうと思います。ご了承ください。
※一般的に、マーケティングとは「モノが売れる仕組みを作ること」です。ただし同人誌は「売る」を目的とした製品ではないので、本記事の中では「作品を、手に取るべき消費者に適切に届ける方法」と定義しておこうと思います。
※と言いつつ「購買」や「競争力」といった言葉を使います。下手に噛み砕くと煩わしい表現になるためです。ご了承ください。
さて、本題に入っていきます。
まずお伝えしたいのは、マーケティングは奥深くて面白いということです。
厳密に言えば作品づくりもマーケティングの一部ではあるのですが、そこで終わらせるのはもったいないです。それを誰にどうやって届けるかと頭を捻らせることの楽しさを、是非とも体験して欲しいと思っています。
では、具体的に何を考えるべきなのか。
私が主に考慮したのは以下の3つです。
①ターゲット層
②価格設定
③プロモーション展開
本来なら、他にもたくさん考慮すべきことはあります。そもそも製品ありき(プロダクトアウト)の考え方からして既にナンセンスではあるのですが、同人誌という製品の特性を考慮し、その点は目を瞑ろうと思います。
以降、私の作品を例に使いながら各項目について述べていきます。
[拙作『音ノ木坂学院の死』]
①ターゲット層
『音ノ木坂学院の死』はその内容を踏まえて、ラブライブ×本格ミステリと銘打ちました。
では、この作品のターゲットとは誰でしょう?
単純にいけば、「ラブライブが好きで、尚且つミステリ小説が好きな人」です。
でも、それだけでは曖昧過ぎます。
「ラブライブが好きな人とは、どういう人か?」
「ミステリ小説が好きな人とは、どういう人か?」
「その人たちは、なぜそれらが好きなのか?」
と深掘りしていくことが肝要です。
実際に深掘りした過程を書くと膨大になってしまうので割愛しますが、『音ノ木坂学院の死』に関しては、「成功体験に飢えている」「知的活動に関心がある」「ドM」等の分析を踏まえて、最終的にメインターゲットを「謎解きイベント等に足を運ぶ習慣がある社会人ラブライバー」に設定しました。
肝心なのはなるべく具体的にイメージすることです。一人の人間を作るくらいの気持ちで取り組んでも、行き過ぎではありません。ちなみにこの工程をマーケティングの言葉では「ペルソナを作る」と言います。ちょっとわくわくしますね。
ターゲットを具体的に想定することで、価格設定やキャッチコピーを考えるベースができます。なので、このプロセスは非常に大切です。
まだピンと来ないかもしれませんが、読み進めて頂ければ分かると思います。
②価格設定
『音ノ木坂学院の死』を知った方はまずこう思ったと思います。
高い。
そうなんでよね。高いんです。2,000円あれば他の同人誌何冊買えるんだ、と。
でもこの価格にしたのには理由があります。
もちろん、お小遣いを稼ぎたかったからではありません。
(蛇足ですが、今まで投じたコストを考えるとこの価格でも儲けは出ていません)
端的に言えば、客層の質を上げたかったのです。
こう言うと語弊があるかもしれませんが、安さを理由に作品を手に取る(あるいは価格を理由に敬遠する)ような方は今回のマーケティング対象外でした。
ミステリ小説とは知的な遊びという一面が強いです。それに対してそれなりのお金を払えるような方というのは、当然、知的な方である傾向が強いです。
※「知的」の定義は面倒なのでしません。フィーリングです。
そして知的な方に手にとって頂けるということは、無用なトラブルを避けたり、質の高いフィードバックを受けられる可能性を上げるということに繋がります。
私はこれらのメリットを享受したかったのです。
そしてこの価格設定には、最初に定めたターゲットが「社会人」だったということも反映されています。社会人であるということは、一般的に考えると若い方よりもお金に余裕があるということですから、多少高めの価格に設定しても、購買意思決定の障壁にはなりにくいと踏んだのです。
そもそも、同人誌は一期一会であることから、お金に糸目はつけないという風潮が強いようです。それも、今回の価格設定に踏み切った理由のひとつです。
更にもうひとつあります。
ある程度の値段を提示することで、作品の質を保証したかったのです。
例えば、1,000円で泊まれる温泉宿があったとして、皆さんはどう感じるでしょう。
「安すぎて怖い」と思いませんか?
いくら綺麗な内装写真を見せられたとしても、低品質な食事や心霊現象を想像してしまうのが自明です。
つまり、行き過ぎた低価格は不信感に繋がるのです。
裏を返すと、高価ということは期待をしてもらえるということでもあります。もちろん、内容が価格に見合っていなければ「高いのにつまらない」という最悪の評価を付けられるリスクがあるので慎重な判断は必要ですが、自信があるなら強気に出るべきだと思います。
ちなみに、売れ残りそうだから値下げするなんて行為は逆効果だと思ってほぼ間違いないです。「私の作品は低品質です」と言っているようなものですから。
自分の作品に誇りを持っているならば、たとえ虚勢だろうと、堂々と構えているべきだ!というのが私の意見です。
最後になりますが、一見問題なさそうに見える「高品質なのに低価格」という方策もいいことばかりではありません。
市場全体がその基準になってしまうリスクがあるからです。「高品質低価格」は必ずどこかに無理が生じています。その無理している状態がデフォルトになってしまうと、未来の自分の首を締めるだけでなく、市場全体――つまりは他のサークルさんを苦しめることにもなりかねません。
時間とお金を掛けたのならば、それに見合った価格設定をするのが自分のためでもあり、他人のためでもあるのです。
まとめます。
ここで言いたいのは『高い=悪い』ではないということ。
そして、『ターゲット層に合った価格設定をすることが大切』ということです。
③プロモーション展開
本記事のメインとなります。
これを考えるために、ターゲット層を絞ったと言っても差し支えありません。
そもそもの話ですが、マーケティング理論において「誰にでもウケるコンテンツを出そう」という考えはナンセンスです。それはまだ物資や情報が充分に出回っていなかった時代においてのみ通用していた考え方であり、今の世の中には合いません。
爆発的に情報量が増えた現代においては、適切にターゲットを絞り、その限定された範囲に対して、いかにインパクトを与えるかを考えなくてはなりません。「選択と集中」という考え方です。
では、同人活動において、消費者にインパクトを与える(=競争力を高める)にはどんな手段があるでしょうか。
様々な理由から、価格の安さで勝負することはできません。
販路も限定されているので、考えてもあまり広がりがありません。
となれば、製品自体のクオリティと、プロモーションに尽きるのです。
今回は小説の書き方講座でもないですし、そもそも講釈できるような実力はまだ付いていないので、製品そのもののクオリティについて言及はしません。これは各自で頑張りましょう。
というわけで、いかにプロモーションで目立てるかを考えます。
ですが、一口にプロモーションと言っても色々あります。それをすべて紹介するのは手間が掛かり過ぎるので、今回は「キャッチコピー」「サンプリング」「広告戦略」に絞り、競争力を高める方法を探っていこうと思います。
キャッチコピー
さて、記事前半で、『音ノ木坂学院の死』のメインターゲットは「謎解きイベント等に足を運ぶ習慣がある社会人ラブライバー」であると述べました。
では、彼らに刺さるキャッチコピーとは何か?
これはあまり難しく考える必要はなく「ラブライブの二次創作であることを示す」「ミステリ小説であることを示す」「謎解きを想起させる」という条件が浮かんでくるので、それらを満たせるコピーを考えればいいだけです。
お分かりでしょうか?
ターゲット層を明確にしておくと、ここで非常に楽ができるのです。
だから、ターゲット層の選定は重要なのです。
この点以外にもたくさんの恩恵があるので、まずはターゲティングを優先しましょう。
話を戻します。
ここでは『音ノ木坂学院の死』の帯に記したコピーについて紹介します。やはり帯は本の顔ですから、ここに注力するのが最も効率的であると考えられるからです。
[実際に使用した帯]
さて、今回はシンプルに「謎を解け」というメッセージを前面に押し出し、謎解きが好きな人の関心を惹けるように工夫しました。また、命令形を用いて愚直に挑戦を吹っ掛けることで受け手を煽る(=関心を高める)狙いも含んでいます。
加えて「微熱が出そうな本格ミステリー!」や「ラブライブ×本格推理小説」という文言で、作品内容を伝えました。
「微熱が出そうな本格ミステリー!」は単にリリホワの「微熱からMystery」をオマージュしたかったというのもあるんですが、読者に、作品を読んだあと(或いは読んでいる最中)の自分をイメージさせたくて採用しました。上手いコピーというのは往々にして、「製品を使っている自分」を受け手にイメージさせられるものなのです。
「微熱が出るくらい頭を使って考えて欲しい」という私の願いを反映させつつ、受け手に読んでいる自分をイメージさせたくて、このコピーに辿り着きました。
もちろん、上手いコピーを考える観点は他にもたくさんあります。
例えばSUNTORYのハイボールの広告に使われた「春はあげもの」のように、有名なコンテンツのオマージュを実現しつつツッコミどころを孕ませることでキャッチーにしたり、朝日新聞の「このままじゃ、わたし、可愛いだけだ」のように受け手を肯定して気持ち良くさせつつ焦燥感を煽るといった方法もあります。
この辺りを語り始めるときりがないので打ち止めとしますが、興味があれば事例を調べてみることをおすすめします。奥深くて面白い世界ですよ。
作品を書くことももちろんですが、キャッチコピーを考えるのも自身のクリエイティビティを発揮できる領域なので、創作が好きな皆さんならきっと楽しんで取り組めると思います。
尚、私は以下の流れで考えました。
①自分の作品に関連する言葉をひたすらノートに書き出す
②その中で、ターゲット層とマッチしないと感じたものを削る
③残った言葉をあれこれ組み合わせる
※あくまでも一例です。途中で新しい言葉を追加したりしてもいいと思います。身構えず自由に考えると楽しいです。
サンプリング
2点目です。
『音ノ木坂学院の死』はその全編をPixivで公開してから製本して頒布した、という経緯があります。
見方によってはかなり強気に見えるでしょう。無料でも全編読めるのに、わざわざ高いお金払って買ってくれる人なんているの?という疑問は当然、私自身も感じていました。
この方法に踏み切ったのは、実は理論に基づいたわけではなく、単に「自分が読者だったらこうして欲しいな」を実現したに過ぎません。
いや、だって、内容も分からない本に2,000円は出しにくいですよ。
もちろんそうでない方もたくさんいらっしゃるとは思うのですが、私だったらちょっと手が出ないです。どうしたって、「これでつまらなかったら嫌だな」と考えてしまいます。
そういった、買い手の不安を取り除くにはどうすればいいでしょうか?
最初から全部見せちゃえばいいじゃん。
短絡的ですが、これはこれで間違いないと思うのです。
こうしておけば安心して買っていただけると思いましたし、物語の構造上、これは紙で読みたくなるだろうという自信もあったので、あまり決断に時間は掛かりませんでした。
(後から気付きましたが、転売対策に一役買っている可能性もありますね。私には無縁の話ですが…)
もちろん、これはすべての作品にとって有効な手段というわけではありません。
作品自体にある程度のボリュームがあることや、ターゲット層の中に紙で読みたい派の方々がそれなりにいると見込めるといった条件を満たした場合のみ有効だと思われます。例えば、「ターゲット層が学生」の「10ページ小説」に対してこんな戦略を取ったら確実に売上が落ちるでしょう。
サンプリングの手段は、自分の作品をしっかり分析した上で決定することをおすすめします。
広告戦略
最後です。
全編を公開してしまうというのもある意味では広告戦略なのですが、ここでは動画広告の有用性を紹介しようと思います。
要は「CMを作るといいことあるよ!」ということです。
なぜ、CMなのか。
重要なのは「動画である」ということです。
最近のマーケティング屋さんたちの中では、動画コンテンツによる訴求は常識です。
(もしかしたら既に古い観念の可能性もありますが…)
先程も少し触れましたが、今は情報過多の時代です。
外を歩けばそこかしこに広告があり、今やWeb上でも広告から逃れることは難しくなっています。
そして、その大半を消費者は無視しています。興味がないからとかそういう次元ではなく、そもそも脳が処理しきれないのです。
では、消費者にメッセージを届けるにはどのような工夫をすればいいのか?
ひとつは、ターゲット層を絞ること。これは既に述べたのでいいですね。
もうひとつは、消費者に楽をさせてあげることです。
消費者に楽をさせるとは、言い換えると「文字を読む手間を省いてあげる」ということです。
文字を読む、というのは能動的な行為です。エネルギーが要る行為です。
それを消費者に強いる方法ではなかなか届かないというのが、どうやら最近の風潮らしいのです。
対して、動画の閲覧は受動的な行為です。
いや、厳密に言えば完全に受動的な行為ではないのですが、文字広告を読むよりは確実にエネルギーを使わずに、脳が内容を処理できるのです。
明確な根拠を示すことは控えますが、皆さん自身の体験から考えて頂ければ腑に落ちるのではないでしょうか。
同人活動の告知はTwitterがメインフィールドになっているように感じるので、TL上で再生できる動画を使わない手はありません。
体感ですが、今のところは告知動画があるという事実だけでも「おお、なんか気合い入ってる」と思わせることができるようなので、そういう意味でもお得です。
でも、動画作成なんてハードル高そう……。
そんな声が聞こえてきそうですね。
その通りです。
いやそこは「そんなことありません」の流れじゃないんかーい!と思われるかもしれませんが、嘘をついても仕方ないので。
最初は難しいです。私もけっこう苦労しました。
でも、一度覚えてしまうと、色んなところで役に立つスキルです。
同人活動以外でも経験が活きた場面はあるので、やっておいて損はないと思います。
ちなみにお金は一切かけていません。
AviUtlというフリーソフトと、その解説サイトと、フリー音源だけでも私が発信した程度のクオリティであれば何とかなります。もちろん、極めればもっと凝ったこともできるようです。
[自作した告知動画]
明日、大田区産業プラザPIOで行われる僕らのラブライブ!15で頒布する『音ノ木坂学院の死(完全版)』の紹介動画です。
— 綾部卓悦 (@Takuetsu_Ayabe) 2017年3月11日
高くて難しくて面白い小説になっていると思います。
謎解きが好きな人は是非。#僕ラブ15 pic.twitter.com/j9cHI0ZZUN
ちなみに私は絵が描けないタイプのフレンズなので、文字の見せ方だけで頑張りました。本当は絵を使えると動画の良さがもっと発揮されるんですけどね。絵と音楽は強い味方です。
しかし、動画に限らず、フレンズによって得意なことは違うから!と割り切れば、意外とプロモーションの工夫としてできることはたくさんあります。大事なのは視野を広げて考えること、というのが私見です。
思えば、表紙や帯のデザインも絵を書かずに乗り切りました。お絵かきが得意なフレンズに依頼することも考えましたが、コミュニケーションが苦手なフレンズなので諦めました。(フレンズって言いたいだけ)
結び
思った以上に長くなってしまった。
つらつらと書いてきましたが、この辺りで力尽きようと思います。
最後に大前提を確認しておきますが、
マーケティングが活きるのは良い作品あってこそです。
これは自戒を込めて言うのですが、
つまらない作品をマーケティングの力で多くの人に届けることはできません。
「面白い作品があるのにそれを届ける方法が悪いせいで手に取るべき人の手に届かない」という状況に陥る確率を下げるのが、本記事におけるマーケティングの本懐です。
私はマーケティング戦略を練ること自体に楽しみを見出すタイプなのでこちらに時間を割いてしまいましたが、本来はその時間を作品の質の向上のために使うべきなのです。
しつこいようですが、マーケティングは作品づくりよりも優先して行なうことではありません。なので、製作に余裕がある(もしくは私のように考えること自体を楽しめる)人に対して、本記事が少しでも良い影響が与えられれば幸いです。
……なんて、綺麗事を書きましたが。
私がこの記事を書いた目的は、私自身が良い作品に巡り会える確率を上げるためです。
なので、この記事を読み終えたら速やかに製作に戻ってくださいね。
あなたの素晴らしい作品が私の手に届く瞬間を、心待ちにしておりますので。
最後になりましたが、あくまでも本記事の内容はマーケティングを齧った程度の人間が書いたものなので、鵜呑みにはしないでください。
それでも、ほぼ素人であることを承知の上で、ご質問やご相談があるという場合は、可能な限りお受けします。
当ブログのコメントやTwitterで気軽に話しかけてください。コミュニケーションが苦手なフレンズなので会話のきっかけが欲しいんです。
それではまたどこかで。